日本史

34歳が2018年センター試験日本史Bに挑戦!結果と解説 ~ 第2問

34歳が2018年センター試験日本史Bに挑戦した結果と解説の第2問です。

 

第1問についての結果と解説はこちら。

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第2問の範囲は、弥生時代から平安時代まで。

それほど難易度は高くないので、しっかり準備していれば満点を取れる問題だと思います。

それではさっそくいってみましょう。

 

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2018年センター試験日本史B第2問を解いてみた結果と簡単な解説

問1 原始・古代の国家・社会と音楽との関係について

原始・古代の国家・社会と音楽との関係について書かれた文章の中の空欄を埋める問題です。

 

「弥生時代の釣り鐘状の青銅器である銅鐸は、(ア)を中心に出土している」

(イ)が誦み習った内容を太安万侶が筆録した『古事記』には、天皇の系譜や神話・伝説とともに多くの歌謡が載せられている」

というのがそれぞれの文章。

 

選択肢はこちら。

これは「銅鐸が多く出土するのは近畿地方である」ということと「古事記といえば稗田阿礼」ということが分かっていれば解ける問題です。

どちらも日本史の重要なポイントなので、これは覚えておくしかないですね。

正解は3

 

ちなみに、九州北部で多く出土するのは銅鐸や銅戈

淡海三船は奈良時代に日本最古の漢詩集である『懐風藻』を編纂したとされる人物です。

 

問2 ヤマト政権下の豪族について

ヤマト政権の政治連合に参加した豪族について述べた文として正しいものを選ぶという問題です。

 

僕の場合、ちょっと混乱してしまったのが1

「禁止」という強い言葉を使っているので少し惑わされそうになりましたが、むしろ逆で、ヤマト政権の影響で豪族たちは前方後円墳を作っていくのでした。

 

2は、「屯倉とよばれる私有地」というところが誤りです。

屯倉は大王の直轄地ですね。
豪族が領有した私有地は田荘です)

 

4は、「公奴婢」というところが誤り。

「公奴婢」というのは奴隷のことなので、豪族の子弟ではないですね。

「公奴婢」という文字からも、なんとなく奴隷っぽいなということが分かると思います。
大王へ出仕させた豪族の子弟は、舎人と采女です)

 

というわけで、正解は3。

「豪族は、氏を単位として、ヤマト政権の職務を分担した」というのが正しいです。

 

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問3 古代日本の朝鮮半島との関係について

ヤマト政権(倭)と朝鮮半島との関係について述べた3つの文を正しい年代順に並べるという問題です。

文章と選択肢はこちら。

 

この問題で迷った場合の解き方を考えてみます。

まず、Ⅱの「倭の五王」は、ヤマト政権成立前後の、日本には史料が残っていない時代の出来事です。

一方、Ⅰの「磐井の乱」は、ヤマト政権がある程度確立した頃に起こった反乱事件です。

ということは、Ⅱ→Ⅰという並び順は確定します。

 

次に「倭の五王」の最後の一人である「武」は宋に上表文を送りますが、その上表文に書かれているのが、自分の一族が国内のみならず朝鮮半島においても戦ったというような内容です。

このことを思い出せれば、高句麗好太王碑文に書かれている倭の兵と交戦したという内容が、倭王武の時代より前の出来事であるという推測ができると思います。

 

というわけで、正解はⅢ→Ⅱ→Ⅰの順なので、6になります

 

問4 律令制下での政治の仕組みについて

律令制度の下での政治の仕組みに関して述べた文として誤っているものを選ぶという問題です。

選択肢はこちら。

 

まず4つの文章を読んでみると、
2の「官吏養成機関である大学」と「郡司の子弟」という組み合わせが引っかかりました。

大学は、都におかれた貴族の子弟向けの教育機関です。

郡司とは地方の役人であり、その子弟向けの教育機関は、大学ではなく国ごとにおかれた「国学」です。

 

というわけで2が誤りなのですが、そのうえで消去法で考えていくと、

1は「太政大臣・左大臣・右大臣・大納言」と、細かく具体的に書いているので、ちょっと引っ掛けっぽいような気がして少し迷ったのですが、これは正解。

 

3の「官人には位階が与えられ、原則として位階に対応した官職に任じられた」というのも正しいです。
(官位相当制)

 

4の「官庁には、長官(かみ)・次官(すけ)・判官(じょう)・主典(さかん)の四等官がおかれた」というのも正しいです。

「かみすけじょうさかん」とセットで覚えました。

 

というわけで、正解は2です。

 

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問5 大仏開眼供養会について

孝謙天皇のときに開催された大仏開眼供養会に関する史料(続日本記)を読んで、正誤の判断を問う問題です。

史料と選択肢はこちら。

 

これはサービス問題ですね。

史料と注釈をざっと読めば、XとY両方の記述が正しいと判断できるはずです。

というわけで、正解は1

 

問6 平安時代の地方支配について

平安時代の地方支配に関して述べた2つの文と、それに該当する語句の組み合わせを選ぶ問題です。

これは僕は不正解でした。

「検田使」と「負名」「預所」と「知行国主」、それぞれの違いをちゃんと把握していないと難しい問題ですね。

 

まずYから見てみると、「一国の実質的な支配権」「国守」というキーワードから、これはdの知行国主であるということは分かりました。(知行国制度)
(cの預所は、荘園領主から任命されて荘園を管理する荘官

 

次にXですが、このあたりの知識はかなり曖昧になっていました。

Xの「徴税単位にわけられた田地」のことを、この時代「名」または「名田」と呼びます。

その名田を経営管理し、納税を請け負う人が「負名」と呼ばれる人です。

 

bの検田使は、徴税の調査のため、輸租田と呼ばれる徴税対象の田地に、国衙から派遣される役人のことです。

調査する人なので納税を請け負うわけではありません。

 

XとYの文章と、それぞれの語句に使われている漢字のイメージから、

「国守」→「知行国主」「請け負った」→「負名」

というようなイメージが連想できれば、それぞれの用語の意味を知識としては分かっていなくても解ける問題なのかもしれません。

 

 

以上、2018年のセンター試験日本史B第2問を解いてみた結果と簡単な解説でした。

第3問に続きます。

 

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タツ
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1983年生まれ。埼玉県さいたま市在住。ブロガー。ネットショップ店長。このブログの最高月間PVは19万PV。 ブログは自分自身のライフワークとして その時々に考えたことや興味のあることについて綴っていきます。

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